徳川慶喜といえば最後の将軍・大政奉還以外のイメージがない
幕末や戦国時代は人気者のスター揃い
幕末、というのは歴史の中でも非常にスターが多く、人気の時代です。
日本の激動の時代で、今とは全く異なる世界観が描きやすいことからか、
時代劇のテーマにも取り上げられやすいように思います。
マンガやゲームになるのも、戦国時代か幕末か、
というところではないでしょうか。
徳川慶喜は、7男なのに将来を期待された超エリート
徳川慶喜は、大政奉還した最後の将軍、
薩摩藩・長州藩や、幕末の志士に囲まれて全く存在感のない人です。
実は、幼いときから将来の将軍職を期待された、才媛でした。
徳川慶喜の簡単な経歴
・25歳で将軍後見職
・29歳で将軍になる。
・30歳で大政奉還
・その後は戊辰戦争から逃げて謹慎したり、のんびり過ごす
徳川慶喜の特技
・刀と手裏剣
武人としての腕前は結構高かったようです
・子作り
側室3人で、子供が23人いたようです。
オットセイ将軍と呼ばれた家斉に勝るとも劣らない雰囲気漂います。
・瀬戸際交渉術
自分に都合の悪いことが出てくると、
「いう事聞かないと切腹するぞ!」と脅しをかけてくる。
ちなみに、慶喜は一応公爵(爵位で一番上)なので、
ないがしろにできません。
秀才で、官僚には向いていたけれど、未来への意思・情熱がなかった
徳川慶喜は、
実は「日本をどうやって文明国にするか」というビジョンがなく、
それを自覚していたそうです。
もしかすると、あなたの周りにも、
ものすごく的確で正確な仕事をしているけど、
将来どうなりたいのかはふわふわしているひと、
っているかもしれません。
慶喜は正にそういう人でした。
彼の偉い所は、それを自覚していたため、
将軍位に固執しなかったことなのかもしれません。
ただ、これだけ権力をもち、優秀な人材でもあったため、
未来への意思や情熱を、幕末の志士たちのように持っていてくれたら、
もしかすると大きく現代は変わっていたのかもしれません。
自分の将来をどうするかという意思や情熱をもって今を生きよう
慶喜は優秀だけど、意思のない人だった。
坂本龍馬は優秀じゃないけど、意思が強く、情熱と危機感を持っていた。
その結果が、彼らが何を成し遂げたのか、という差につながっています。
自分がどのように生きたいのか、
自分の人生をどうしたいのかを考えるのに、
歴史上の人物の状況を照らし合わせてみると、
歴史がまた面白くなると思いますよ!
詳しくは、以下の動画をどうぞ。
【11月14日配信】新番組!徳川慶喜の幕末世界史 第1回「究極のエゴイスト! 徳川慶喜の生涯」【チャンネルくらら】